ばね指
ばね指
ばね指(弾発指)の痛みの原因と治療法
「朝起きると指がカクンと引っかかって伸びにくい」「指の付け根を押すと痛い」「指を動かすと、ばねのように弾かれる感じがする」
このような指の不調に、毎日悩まされていませんか。その症状、もしかしたら「ばね指(弾発指)」かもしれません。ばね指は、特に手をよく使う方や、更年期以降の女性に多く見られる疾患です。放置すると痛みが強まったり、指が動かなくなったりすることもあり、日常生活に大きな支障をきたすことも少なくありません。
しかし、ご安心ください。ばね指は、その原因とメカニズムを正しく理解し、適切な治療を行えば、改善が見込める疾患です。近年では、メスを使わない新しい治療法も登場し、手術以外の選択肢も増えています。
この記事では、整形外科の専門医の視点から、ばね指の正体、ご自身でできる症状チェック、病院での検査、そしてストレッチから最新の注射治療(エコーガイド下ハイドロリリース)まで、あなたの疑問や不安を解消するための情報を包括的に解説します。つらい指の症状をあきらめる前に、まずは正しい知識を身につけることから始めましょう。
ばね指とは?その正体とメカニズム
ばね指は、医学的には「狭窄性腱鞘炎(きょうさくせいけんしょうえん)」と呼ばれる状態です。指を曲げ伸ばしする際には、「屈筋腱(くっきんけん)」という腱が、トンネルのような「腱鞘(けんしょう)」の中を滑るように動きます。
何らかの原因で、この腱や腱鞘が炎症を起こして分厚くなると、腱の通り道が狭くなってしまいます。その結果、腱がスムーズに動けなくなり、指を伸ばそうと力を入れた瞬間に、狭い部分を無理やり通過するため「カクン」とばねのように弾かれる現象が起こります。これが、ばね指の正体です。
特に、指の付け根にある「A1プーリー」という腱鞘の部分で炎症が起こりやすいことが知られています。
発症しやすい人としては、手をよく使う職業(料理人、美容師、工場での作業員など)の方、パソコン作業が多い方、ゴルフやテニスなどのスポーツをされる方などが挙げられます。また、妊娠・出産期や更年期以降の女性に多いことから、女性ホルモンのバランスの変化が関与しているとも考えられています。さらに、糖尿病や関節リウマチ、透析中の方も、ばね指を発症しやすいことが報告されています。



出典:吉田, 綾, 奥津 一郎, and 浜中 一輝. ばね指が発症すると, なぜ指の曲げ伸ばしがしにくくなるの? ばね指の解剖生理. 透析ケア 12, no. 6 (2006): 564-565.
もしかしてばね指? ご自身でできる症状チェックと受診の目安
以下のような症状に心当たりはありませんか。一つでも当てはまれば、ばね指の可能性があります。
- 指の付け根(手のひら側)を押すと痛い。
- 指の曲げ伸ばしの際に、引っかかり感やカクンという弾発現象(ばね現象)がある。
- 朝方に症状が強く、日中、手を使っていると少し楽になることがある(モーニング・スティフネス)。
- 症状が進行すると、指が曲がったまま、あるいは伸びたまま動かなくなる(ロッキング)。
- 指が完全に伸ばせない、または曲げられない。
これらの症状、特に「指の引っかかり」や「付け根の痛み」が続く場合は、一度、整形外科の受診をお勧めします。初期の段階で適切な対応をすることが、早期回復への近道です。
ばね指の検査
クリニックでは、主に以下の方法で診断を行います。
問診・理学所見
まず、どのような症状がいつからあるのか、手の使い方、過去の病気などについて詳しくお話を伺います。その後、医師が実際に指を動かしたり、痛みの場所を確認したりして、ばね指に特徴的な所見があるかを診察します。多くの場合、この問診と理学所見だけで診断が可能です。
画像検査
X線(レントゲン)検査
骨の変形や骨折など、他の疾患が隠れていないかを確認するために行われることがあります。ばね指自体は腱や腱鞘の問題であるため、X線写真には写りません。
MRI検査
腱や腱鞘の状態を詳しく見ることができますが、ばね指の診断に必須ではありません。他の疾患との鑑別が難しい場合などに、補助的に用いられることがあります。
【特集】超音波(エコー)で見る、あなたの身体の中。診断から最新治療まで
当院が特に重視しているのが、超音波(エコー)検査です。エコー検査は、放射線被曝の心配がなく、リアルタイムで身体の内部を観察できる非常に優れた診断ツールです。
ばね指の診断においてエコーを用いると、炎症を起こして分厚くなった腱や腱鞘の状態、腱の滑走が悪い様子、周辺の血流が増加している様子などを、患者さんご自身の目で直接確認することができます。これにより、診断の正確性が格段に向上するだけでなく、ご自身の身体の中で何が起きているのかを深く理解し、納得して治療に進んでいただくことができます。
さらに、このエコーは後述する最新の注射治療においても、極めて重要な役割を果たします。


a:ばね指のエコー所見:腱鞘(黒い部分)が肥厚している
b:健常者のエコー所見:腱鞘(黒い部分)が薄い
出典:亀山真. 2012. 狭窄性屈筋腱腱鞘炎の超音波診断. MB Orthop. 25(8): 53-59.
ばね指の治療|あなたに合った治療プランを見つける
ばね指の治療は、症状の程度や患者さんのライフスタイルに応じて、様々な選択肢があります。基本的には、まず保存療法から開始します。
保存療法
安静・装具
指の使いすぎが原因の場合、まずは安静が第一です。夜間や症状が強い時に、指の動きを制限する装具(スプリント)を装着することもあります。
薬物療法
痛みを和らげるために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬や貼り薬が処方されることがあります。
リハビリテーション
指のストレッチ
腱の滑りを良くし、関節が硬くなるのを防ぐために、無理のない範囲でのストレッチが有効です。指をゆっくりと反らせる運動や、お風呂の中など温めながら行うとより効果的です。ただし、痛みや引っかかりが強い時に無理に行うのは禁物です。
エコーガイド下注射
保存療法で改善が見られない場合、注射による治療を検討します。
ステロイド注射
炎症を強力に抑えるステロイド薬を、腱鞘内に注射します。多くの場合、劇的な症状の改善が期待できます。しかし、繰り返し注射を行うと腱がもろくなるリスクがあるため、頻度や回数には注意が必要です。また、糖尿病の患者さんでは、一時的に血糖値が上昇する可能性があるため、慎重な判断が求められます。
手術療法
これらの保存療法や注射治療で十分な効果が得られない場合や、再発を繰り返す場合、指が完全に動かなくなった(ロッキングした)場合には、手術が検討されます。手術では、狭くなった腱鞘(A1プーリー)を切り開いて、腱の通り道を広げます。一般的には局所麻酔による日帰り手術が可能です。
ばね指の予防、治療期間と今後の見通し
治療期間は、症状の重症度や治療法によって異なります。軽症であれば、数週間の保存療法で改善することもあります。注射治療の場合、1回の注射で数ヶ月から数年にわたって症状が治まる方もいれば、数回必要になる方もいます。
日常生活では、指の使いすぎに注意し、長時間の作業の合間には休憩を挟んでストレッチを行うことが予防につながります。また、指の付け根に痛みや違和感を感じたら、早めに専門医に相談することが重症化を防ぐ鍵となります。
適切な治療を行えば、多くの場合、痛みや引っかかりのない快適な生活を取り戻すことが可能です。
つらいばね指の症状をあきらめないで、専門医にご相談ください
ばね指(狭窄性腱鞘炎)は、指の腱と腱鞘の炎症によって、痛みや引っかかりが生じる疾患です。原因は指の使いすぎやホルモンバランスの変化など様々ですが、正しい診断と治療によって改善が見込めます。
治療法には、安静やストレッチなどの保存療法から、ステロイド注射、そして近年では身体への負担が少ない「エコーガイド下ハイドロリリース」といった新しい選択肢も登場しています。手術は、これらの治療で効果が見られない場合の最終手段と位置づけられています。
大切なのは、ご自身の症状の原因がどこにあり、どのような治療法が最適なのかを、専門医と一緒に見つけていくことです。超音波(エコー)検査は、そのための非常に強力なツールとなります。
指の痛みや引っかかりを「年のせい」「使いすぎだから仕方ない」とあきらめずに、ぜひ一度、整形外科の専門医にご相談ください。
監修者情報
監修:桃谷うすい整形外科 院長 臼井 俊方
参考文献
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