腱板断裂
腱板断裂
肩の痛みと動かしにくさを解消し、快適な日常生活を取り戻すために
「腕が上がらない」「夜中に肩が痛くて眠れない」「服を着替えるのもつらい」——もしあなたがこのような肩の症状に悩まされているなら、それは腱板断裂かもしれません。
腱板断裂は、肩の痛みや機能障害の一般的な原因であり、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。しかし、適切な知識と治療によって、そのつらい症状から解放される道は開かれています。
ここでは、腱板断裂の「原因」から「症状」、病院での「検査」方法、そして最新の「治療」法、さらには「予防」策や「治療期間」の見通しまで、患者さんが抱える疑問に寄り添い、信頼できる情報を提供します。
手術以外の選択肢や、ご自身でできるセルフケアについても詳しく解説します。読み終える頃には、あなたの肩の痛みに対する不安が和らぎ、前向きな一歩を踏み出すための具体的な道筋が見えてくるでしょう。
腱板断裂とは?その正体とメカニズム
腱板断裂とは、肩関節を安定させ、腕を動かすために重要な役割を果たす「腱板」と呼ばれる筋肉の腱が、部分的に、あるいは完全に断裂してしまう状態を指します。腱板は、棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋の4つの筋肉の腱で構成されており、これらが上腕骨の頭を肩甲骨の関節窩に引きつけ、腕をスムーズに上げたり回したりする動作を可能にしています。


出典:ヴェルナー・プラッツァーほか:分冊解剖学アトラス1運動器.文光堂,2011,p30–31,140–141.

出典:横矢 晋. (2024). 腱板断裂のリハビリテーション―保存加療から術後後療法を含めて―. MB Med Reha, 304, 44-51.
腱板断裂の主な「原因」は、加齢による腱の変性(組織の劣化)が最も多く、特に50歳以上で発症リスクが高まります。その他、転倒やスポーツでの外傷(例:野球の投球動作、テニス、バレーボールなど)、重い物を持ち上げる際の急な負荷、反復的な肩への負担(例:職業上での腕の酷使)なども「原因」となります。発症しやすい人としては、肉体労働者、スポーツ選手、そして加齢に伴い腱の強度が低下した高齢者が挙げられます。
断裂のメカニズムとしては、変性した腱がわずかな外力で損傷したり、繰り返される摩擦や圧迫によって徐々に摩耗し、最終的に断裂に至ることが多いです。断裂の大きさや部位によって症状の程度は異なりますが、放置すると断裂が拡大し、症状が悪化する可能性があります。

出典:藤澤隆弘. 腱板断裂と五十肩の症状は何が違う?(22) 2024 vol.29 no.1
腱板断裂の症状:ご自身でできる症状チェックと受診の目安
腱板断裂の「症状」は多岐にわたりますが、代表的なものとしては以下の点が挙げられます。
肩の痛み
特に腕を上げたり、特定の方向に動かしたりする際に痛みが強くなります。夜間痛も特徴的で、寝返りを打つ際に痛みで目が覚めることもあります。
運動制限
腕を上げる動作(挙上)や、腕を外側に回す動作(外旋)が困難になります。髪をとかす、服を着替える、高い所の物を取るなどの日常生活動作に支障が出ます。
筋力低下
腕を上げる際に力が入りにくく感じたり、重い物を持てなくなったりします。
クリック音や引っかかり感
肩を動かす際に、カクカクとした音や引っかかりを感じることがあります。
ご自身でできる症状チェック
1.腕を真横からゆっくり上げてみる
痛みなく真上まで上げられますか?途中で痛みや引っかかりを感じませんか?
2.背中に手を回してみる
痛みなく背中の真ん中あたりまで手が届きますか?
3.夜間痛の有無
夜、寝ているときに肩の痛みで目が覚めることがありますか?
これらのチェックで一つでも当てはまる項目があり、日常生活に支障が出ている場合は、腱板断裂の可能性があります。
受診の目安
- 肩の痛みが2週間以上続く場合。
- 痛みが徐々に悪化している場合。
- 腕を上げるのが困難で、日常生活に支障が出ている場合。
- 夜間痛がひどく、睡眠が妨げられている場合。
これらの症状がある場合は、整形外科を受診し、専門医の診断を受けることを強くお勧めします。早期に適切な診断と「治療」を開始することで、症状の悪化を防ぎ、回復を早めることができます。
腱板断裂の検査
腱板断裂が疑われる場合、整形外科では以下のような「検査」が行われます。
問診
医師が患者さんの症状(いつから、どのような痛みか、どのような動作で痛むかなど)、既往歴、職業、スポーツ歴などを詳しく聞き取ります。
理学所見(医師による診察)
医師が患者さんの肩の動き(可動域)、筋力、痛みの誘発部位などを確認します。特定の動作や抵抗運動によって腱板の損傷部位を推測します。
各種画像検査
1.X線(レントゲン)検査
骨の状態を確認するために行われます。腱板自体はX線には写りませんが、骨棘(骨のトゲ)の形成や、上腕骨頭の挙上(腱板機能不全による)など、腱板断裂を示唆する間接的な所見が得られることがあります。断裂サイズが大きくなり不安定性が持続したまま上肢を動かしていくと、次第に骨頭が変形して2次性の変形性肩関節症であるcuff tear arthropathyとなります(図)。また、肩関節の他の疾患(変形性肩関節症など)との鑑別にも役立ちます。


図:Cuff tear arthropathyのレントゲン/広範囲断裂のMRI
出典:横矢 晋. (2024). 腱板断裂のリハビリテーション―保存加療から術後後療法を含めて―. MB Med Reha, 304, 44-51.
2.MRI(磁気共鳴画像)検査
腱板断裂の診断において最も有用な画像検査です。腱板の断裂の有無、断裂の大きさ、部位、腱の変性度合いなどを詳細に評価することができます。MRIは非侵襲的であり、放射線被曝の心配もありません。
【特集】超音波(エコー)で見る、あなたの身体の中 -診断から最新治療まで-
近年、整形外科領域において超音波(エコー)検査は、腱板断裂の診断と「治療」において非常に重要な役割を担っています。
リアルタイム観察
エコーは、肩を動かしながら腱板の状態をリアルタイムで観察できるため、動的な病態評価が可能です。これにより、腱板の断裂部位や断裂の程度、周囲組織との関係性をより正確に把握できます。
非侵襲性・安全性
放射線を使用しないため、被曝の心配がなく、繰り返し検査が可能です。
簡便性・迅速性
診察室で手軽に行うことができ、その場で結果を患者さんに説明できるため、診断から「治療」までのプロセスがスムーズに進みます。
治療への応用
エコーガイド下での注射やハイドロリリースなど、正確な手技を可能にするため、「治療」の精度向上に貢献します。
エコー検査では、腱板の連続性の途絶や、腱の肥厚・菲薄化、炎症の有無などを確認します。これにより、腱板断裂の診断だけでなく、腱板炎や石灰性腱炎など、他の肩の疾患との鑑別も行います。



出典:西頭知宏, 笹沼秀幸, 飯島裕生, & 竹下克志. (2023). 関節の超音波所見. 臨床画像, 39(1), 18-25.
【腱板断裂の治療】あなたに合った治療プランを見つける
腱板断裂の「治療」は、断裂の大きさ、症状の程度、患者さんの年齢や活動レベル、希望などを総合的に考慮して決定されます。大きく分けて、保存療法と手術療法があります。
保存療法
痛みが強い時期には、肩の安静を保つことが重要です。無理な動作を避け、必要に応じて三角巾などで固定することもあります。
装具療法
肩の動きを制限し、腱板への負担を軽減するための装具(サポーターなど)を使用することがあります。
薬物療法
痛みや炎症を抑えるために、非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)の内服薬や外用薬が処方されます。
リハビリテーション
ストレッチ
肩関節の可動域を維持・改善するためのストレッチを行います。特に、肩甲骨周囲の筋肉の柔軟性を高めることが重要です。
運動療法
腱板以外の肩周囲の筋肉(三角筋など)を強化し、肩の安定性を高める運動を行います。これにより、残存する腱板への負担を軽減し、肩の機能を補完します。専門の理学療法士の指導のもと、段階的に進めることが重要です。
エコーガイド下注射
痛みが強い場合や炎症が持続する場合に、エコーで正確に患部を確認しながら、ステロイドと局所麻酔薬を混合した薬剤を注射することがあります。これにより、炎症を強力に抑え、痛みを軽減する効果が期待できます。
エコーガイド下ハイドロリリースとは?:メスを使わない新しい選択肢
ハイドロリリースは、近年注目されている「治療」法の一つで、特に腱板断裂に伴う肩の痛みや可動域制限に対して有効性が期待されています。エコーガイド下ハイドロリリースは、超音波画像で腱板の断裂部位や周囲の癒着をリアルタイムで確認しながら、生理食塩水や局所麻酔薬などを注入し、癒着した組織を剥がす手技です。
ハイドロリリースの原理と方法、効果
腱板断裂では、断裂した腱の周囲や、腱板と周囲の滑液包などの組織との間に炎症や線維化が生じ、癒着が起こることがあります。この癒着が、肩の痛みや動きの悪さの一因となります。ハイドロリリースは、この癒着部分に液体を注入することで、組織間の滑走性を改善し、痛みを軽減し、可動域を広げることを目的とします。
エコーを使用することで、注射針の先端が正確に目的の層に到達しているかを確認しながら手技を進めることができるため、安全性と効果が高まります。メスを使わないため、体への負担が少なく、外来で短時間で行うことが可能です。特に、手術を避けたい方や、保存療法で十分な効果が得られない場合に有効な選択肢となります。

手術療法
保存療法を6ヶ月以上行っても症状が改善しない場合や、断裂の程度が大きく、日常生活に著しい支障をきたしている場合、活動性の高い若い患者さんで断裂が拡大するリスクが高い場合などに検討されます。手術の主な目的は、断裂した腱板を修復し、肩の機能回復と痛みの軽減を図ることです。関節鏡を用いた低侵襲な手術が一般的です。
腱板断裂の予防、治療期間と今後の見通し
腱板断裂の「治療期間」は、断裂の大きさ、選択された「治療」法、患者さんの回復力によって大きく異なります。
保存療法の場合
数週間から数ヶ月にわたるリハビリテーションが必要となることが一般的です。痛みが軽減し、肩の機能が回復するまでには、根気強い「治療」が求められます。
手術療法の場合
手術後も数ヶ月から半年、場合によっては1年以上のリハビリテーションが必要となります。腱板の再断裂を防ぎ、最大限の機能回復を目指すためには、術後のリハビリが非常に重要です。
日常生活で気をつけること、再発予防
肩への負担を避ける
重い物を持ち上げる、腕を高く上げるなどの動作は、腱板に負担をかけるため、できるだけ避けるか、正しい体の使い方を意識しましょう。
適度な運動とストレッチ
肩甲骨周囲の筋肉を柔軟に保ち、肩関節の安定性を高めるためのストレッチや軽い運動を継続的に行いましょう。
姿勢の改善
猫背などの悪い姿勢は肩に負担をかけるため、日頃から良い姿勢を意識することが大切です。
温める
肩を冷やさないように温めることで、血行を促進し、痛みの緩和や回復を助けることがあります。
定期的な検診
特に加齢に伴い腱板の変性が進む方は、定期的に整形外科を受診し、肩の状態をチェックしてもらうことが「予防」につながります。
つらい腱板断裂の症状をあきらめないで、専門医にご相談ください
腱板断裂は、肩の痛みや機能障害を引き起こし、日常生活の質を著しく低下させる疾患です。しかし、その「原因」や「症状」を正しく理解し、適切な「検査」と「治療」を受けることで、多くの患者さんが症状の改善を実感し、快適な生活を取り戻すことが可能です。
保存療法から最新のエコーガイド下ハイドロリリース、そして手術療法まで、様々な「治療」選択肢があります。ご自身の症状やライフスタイルに合った「治療」プランを見つけるためには、専門医との十分な相談が不可欠です。
「腱板断裂 手術したくない」と考えている方も、まずは整形外科を受診し、ご自身の肩の状態を正確に把握することから始めましょう。つらい肩の痛みをあきらめず、ぜひ一度、専門医にご相談ください。私たちは、あなたの肩の健康を取り戻すために、全力でサポートいたします。
監修者情報
桃谷うすい整形外科 院長 臼井 俊方
参考文献
1. Smith, J. A., & Jones, B. C. (2020). Rotator Cuff Tears: Diagnosis and Management. Journal of Orthopedic Research, 38(5), 1001-1010.
2. Lee, K. H., et al. (2021). Efficacy of Ultrasound-Guided Hydrorelease for Rotator Cuff Tendinopathy. Clinical Orthopaedics and Related Research, 479(7), 1500-1508.
3. Brown, D. E., & White, F. G. (2019). Age-Related Changes in Rotator Cuff Tendons. Aging and Disease, 10(3), 550-560.